東京地方裁判所 昭和28年(ワ)5412号 判決 1955年11月15日
原告 オーバーシース商事株式会社
被告 竹野産業株式会社
主文
一、被告は原告に対して金七十七万七千七百八十円三十三銭を昭和二十八年七月二十五日以降完済迄年六分の利息と共に支払う事を要する。
二、訴訟費用は被告の負担とする。
三、此の判決は仮に執行することが出来る。
事実
原告は主文第一、二項同旨の判決並に仮執行の宣言を求め原因として、(一)原告は輸出入貿易を営む会社であり被告は鉄鋼問屋である。(二)原告はアルゼンチン国向薄鉄板輸出の目的を以つて昭和二十六年七月十日被告との間に左記内容の売買契約を結んだ。(イ)品名薄鉄板 (ロ)寸法BWG二十四番長さ三呎-六呎 (ハ)規格日本鋼管株式会社の製品にして一級品として合格したもの (ニ)数量九十一屯、(ホ)単価屯当り金八万四千円 (ヘ)金額七百六十四万四千円 (ト)支払条件全額の前渡金として被告に対し契約成立と同時に金三百万円を支払い残額金四百六十四万四千円は同年八月三十一日期限の約束手形を以つて支払う (チ)受渡条件裸渡し (リ)受渡場所原告の指定する倉庫 (ヌ)納期昭和二十六年七月三十一日迄とする(期限厳守のこと)(ル)其の他本件商品に対し外国買人から規格外れ其の他被告の責に帰すべき理由により生じた事故に付ては被告は其の責に任ずるものとする (ヲ)右契約条項以外の事態が発生した場合は当事者双方協議の上処理するものとする (三)右契約に基づいて原告は被告から右鉄板を重量九十一屯分として合計一万千五百七十二枚を原告の指定した訴外千代田梱包株式会社深川工場の倉庫に於て同年七月三十日受取り同所に於て六十二箱に梱包の上昭和二十六年八月六日訴外大阪商船株式会社所属船長崎丸に船積して仕向地アルゼンチン国ブエノスアイレス港に輸出した。而して原告は被告に対し右代金全額を支払つたものである。(四)然る処右鉄板が右仕向地に到着し陸揚通関に於ける検査の結果其の重量に於て合計八・〇七九屯の不足ある事が発見せられよつて同年十一月十八日附書翰(同月二十八日原告に到着)を以つてアルゼンチン国ブエノスアイレス市輸出商エレメテツク社の買付代理人である貿易商マチメタ社(原告の契約先)から苦情の申出があり且つ右不足分八・〇七九屯及び之に相当する運賃過払金合計二千二百九十五・四〇ドル(邦貨八十二万六千三百四十円)の損害賠償の請求を受けた。(五)仍つて原告は直に被告に対し右事実を通知し重量の不足の点に付折衝を開始したが要領を得ず遂に右原告の売付先マチメタ社は昭和二十七年十一月十五日附を以つて税関の検査証明書等の証拠書類を添えてアルゼンチン国駐在日本大使に右苦情を申し出で同大使の委嘱により昭和二十七年十二月二十五日通商産業省は原告に対し右苦情の趣旨を通知して来た茲に於て原告は右重量不足の事実並に之に基く右マチメタ社の損害賠償の請求が根拠ある事を確知するに至つたので原告は直に此の事を重ねて被告に通告した。(六)併し乍ら右重量不足に基く損害賠償は結局被告の原告に対する本件契約上の債務不履行によるものであるから原告は被告に対し右損害の賠償を求め得るものである処原告は本件に於て右重量不足分八・〇七九屯の過払分金六十七万八千六百三十六円及び過払運賃分九万九千百四十四円三十三銭合計金七十七万七千七百八十円三十三銭を損害賠償として之に対する訴状送達の翌日たる昭和二十八年七月二十五日以降完済迄年六分の利息と共に支払を求める為本訴提起に及ぶと陳述し被告の抗弁に対し原告が本件物件の引渡を受けた際重量不足を告げなかつた事は事実であるが本件の如き大量の取引に於ては其全重量を衡る事は原告の義務には属しないから之を以つて原告の検査義務違反となす事は出来ない仮りに然らずとするも被告は悪意であるから被告の抗弁は失当であると述べた。<立証省略>
被告は原告の請求を棄却するとの判決を求め答弁として、(一)当事者双方が原告主張の如き営業を営むものである事は認める、(二)原告主張日時当事者間に原告主張の如き契約が成立した事は認める、(三)被告が右契約に基き原告主張日時場所に於て本件物品を原告に引渡した事は争わないが、右引渡物品に付原告主張の如き重量不足のあつた事は否認する。仮りに其の主張の如き不足があつたとしても原告は右物品の引渡しを受けた時は之を検査し、若し重量に不足があれば遅滞なく之を被告に告げなければならないに拘らず、原告は之を怠つたのであるから原告は最早や右重量不足に基づく損害賠償を求める事は出来ない被告が原告主張の代金全額を受領した事は之を認める。(四)原告が本件物品を其の主張の外国商社に売渡し同商社より其の主張日時主張の如き苦情の申出があつた事並に其の主張の如き経路を経て通商産業省より原告に対し主張の如き通達があつた事はいづれも不知。(五)仮りに被告の前記抗弁が認められないとしても原告は訴外堀内薫より本件の損害賠償として金三十二万四千七百円の弁償を受けて居るから右限度に於ける原告の本訴請求は失当であると述べた。<立証省略>
理由
一、当事者双方が原告主張の如き営業を営む会社である事及び原告主張日時主張の如き契約が当事者間に成立し被告が右契約に基き原告の主張日時場所に於て本件薄鉄板を原告に引渡した事は当事者間に争がない原告代表者西本通方の供述並に公証人の日附の認証ある甲第二、三号証右原告代表者西本通方の供述によつて成立を認め得られる甲第五号証の一、二、同第六号証の一、二によれば原告は本件薄鉄板合計一万千五百七十二枚を原告主張日時場所に於て六十二箱に梱包の上長崎丸に船積しアルゼンチン国ブエノスアイレス港に輸出した事及び右鉄板の受取先であるブエノスアイレス市マチメタ社より右鉄板の重量が八・〇七九屯不足しかつ前記六十二箱のうち三箱については梱包が破損しその分の重量不足は三七六瓩三二〇瓦である事右不足は同港税関に於て発見せられたこと並に此の点に付同税関の作成に係る検査証明書(外国公文書)が発給せられている事を認める事が出来る。従つて到着港に於ける右重量不足は其証明が十分であり此の事より本件物品の右重量不足は被告が本件物品を其引渡場所に於て原告に引渡した際既に存在した事を認定するに足りる。本件契約の当事者は双方商人であるから商法第五百二十六条により原告は被告より本件物品の引渡を受けた際検査する義務を有する事は明である。而して原告が右検査を為した事は証人堀内薫の証言によつて之を認める事が出来る。併し此の義務は勿論粗雑な検査をもつて足るものではないけれども徹底的な検査を必要とするものではなく普通取引に必要な方法乃至程度を以つて足りる。本件は重量九十一屯枚数一万千五百余枚に昇る取引であるから其の重量を全部量る必要はない。而して本件に於ける重量不足は前記認定の如く八・〇七九屯であるから如何に経験ある者と雖重量を衡る事なくして容易に之を発見しうると考える事は出来ない。従つて本件の右の重量不足は所謂隠れた瑕疵に属する故に原告に於て右瑕疵を告げなかつた事は原告の右瑕疵に基く損害賠償の請求を妨げるものではない。而して原告が右瑕疵を知つて直に被告に通告した事(第一次の通告は引渡を受けた時から六ケ月以内、第二次の通告は右の時より六ケ月以後)は原告代表者西本通方の供述によつて明である。(本件瑕疵は、原告が通産省の通達(前項第二次の通告の前提をなす事実)を得て始めて正確に知つたと為すべきである。従つて此の時は引渡を受けた時より六ケ月を経過した後であるが、前記商法第五百二十六条第一項後段の六ケ月とあるのは右期間内に買主が隠れた瑕疵のあつた事を知つた時は遅滞なく之を売主に通知しなければ買主は右瑕疵に基く権利を行使し得ない趣旨を定めたものであり、反対に右期間後に発見した場合は一切の権利を失う趣旨を規定したものと解すべきではない。蓋し買主が瑕疵の存在を知らないのに拘らず一定の期間の経過によつて之に基く権利を失うが如きは甚しい背理であるのみならず数次転売の場合に於て著しい不公平を招来するからである。
二、重量或は数量の不足は一般の物の瑕疵の場合と異り一面に於て債務不履行となると同時に他面に於て目的物の瑕疵となる(民法は之を権利の瑕疵として規定している――勿論之は債務不履行という点に於て正しい――が物を統一的な量の一群として見れば不足は物の瑕疵に類する)従つて当事者は常に債務不履行による損害賠償か又は瑕疵による代金減額乃至契約解除の選択権を有する原告は本件に於て債務不履行に基く損害賠償を選択したものに他ならない。
三、原告は本件鉄板を九十一屯として他に転売したのであるから其の不足分八・〇七九屯に対しては右転売先に対して損害賠償の義務を有する(尤も本件に於ては前記転売先であるマチメタ社は本件梱包中破損した三箱の不足分三七六瓩三二〇瓦につき保険金を受取つたので此の部分を差引いて損害を請求して居る事前記甲第六号証の一、二により之を知る事が出来る。)而して此の損害賠償は結局被告の債務不履行によるのであるから原告は被告に対して之を損害として賠償を求める事が出来る(既に支払を了していると否とに拘らず)併し原告の本件請求中代金過払の部分は之によるのでなくして原告主張の前記不足分八・〇七九屯に対する原告の被告に対する代金過払金六十七万八千六百三十六円を損害として直接賠償を求めるものであり、又過払運賃九万九千百四十四円三十三銭に付ては前記原告代表者西本通方の供述により右転売先マチメタ社の過払運賃二百五十四ドル十九セントの請求があつた事を認めうるから原告は被告に対し之が賠償(金額は邦貨に換算したもの)を求める事が出来る。
四、被告は原告が訴外堀内薫から本件損害賠償として金三十二万四千七百円の弁済を受けて居ると主張するけれども此の証明はなく唯証人堀内薫の証言によれば同人は原告に対し時価二十万円位の家屋を十万円として損害の保証を原告に提供した旨証言しているが右趣旨は本件損害に対する賠償として提供したものではなく寧ろ原告が被告より本件損害賠償の支払を受ければ之を同人に返還する趣旨のものである事を推認しうるから此の点に於ける被告の抗弁は理由がない。
五、原告は本件損害賠償に付訴状送達の翌日たる昭和二十八年七月二十五日以降年六分の利息を請求する事が出来る故に原告の本訴請求は凡べて理由がある。
六、訴訟費用負担の裁判は民事訴訟法第八十九条仮執行の宣言は同法第百九十六条による。
(裁判官 安武東一郎 鳥羽久五郎 内藤正久)